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格安航空会社(かくやすこうくうがいしゃ、英語:Low-Cost Carrier, No-Frills Airline, Budget Airlineなど)は、効率化の向上によって低い運航費用を実現し、低価格かつサービスが簡素化された航空輸送サービスを提供する航空会社である。近年は、日本でもローコストキャリア(LCC、低コスト航空会社)と呼ばれることが多い。シンガポールやマレーシアなど東南アジアに発着する格安航空会社は、バジェットエアライン(Budget)という呼び名でも親しまれている。
1945年8月の第二次世界大戦の終結に伴い、戦勝国である連合国諸国において民間航空が再興され、また軍で使用されていたダグラスC-47(DC-3)型機やC-54(DC-4)型機、アブロ ランカストリアンやアブロ ヨークなどの大型レシプロ輸送機が格安で払い下げられたことから、アメリカや一部のヨーロッパ諸国で航空旅行が般化してきた1940年代後半以降から1970年代に至るまで、殆どの大手航空会社(Legacy Carrier, LC)はIATAと航空会社、各国政府の間で決められた事実上のカルテル料金体系を維持しており、乗客は割高な国際航空運賃を一方的に押し付けられていた。
特にアメリカでは、1938年にフランクリン・ルーズベルト大統領が当時アメリカの「国策航空会社」的存在であったパンアメリカン航空のファン・トリップ会長のロビー活動を受けて設立したCAB(アメリカ民間航空委員会)の決定により、国際線を運航できる航空会社が限られていた上、その運賃設定もCABと航空会社が一方的に決めていたこともあり、この様な国際線のカルテル体制が他国に比べてより一層盤石なものとなっていた(なお、パンアメリカン航空は1950年代に世界初の「割引運賃」を導入したが、元々の航空運賃が非常に高価であったこともあり「格安」と呼べる様な金額設定ではなかった)。
1958年に、パンアメリカン航空が世界初の座席数が100席を超える大型ジェット旅客機であるボーイング707型機をニューヨーク-ロンドン線に導入したことを皮切りに、その後1960年代に入ると、日本航空やエールフランス航空、英国海外航空やヴァリグ・ブラジル航空などの国営や準国営を中心とした世界各国のフラッグ・キャリアがボーイング707型機やダグラスDC-8型機、コンベア880型機などの大型ジェット機を相次いで導入した。
これらの大手航空会社の急激な新鋭機の導入を受けて、それまで長年の間ヨーロッパ大陸と北アメリカ大陸間の主要な移動手段であったオーシャン・ライナー(大型客船)が完全に衰退した上に、それまで使用されていた大型レシプロ輸送機がチャーター航空会社を中心とした中小の航空会社に格安で払い下げられたこともあり、国際線の航空運賃の下落が期待された。
しかし1970年代までの間に一般旅客が格安運賃で航空機を使って国内外を移動する手段は、イギリスのモナーク航空やレイカー航空、アメリカのデンバー・ポーツ・オブ・コール航空などのチャーター航空会社が運航する、わずかにIATAによって認められていた「アフィニティ・チャーター(旅行クラブの会員など、なんらかの関連性があるメンバーのみで乗客が構成された団体ツアー向けチャーター便)」などの特殊かつ限られた手段に限られており、パンアメリカン航空や英国海外航空、サベナ航空やルフトハンザ・ドイツ航空などの大手航空会社は、「IATAカルテル」によって守られた割高な国際線の運賃体系と無競争状態、そして政府からの援助の下で高い収益を誇り、それを元にして現在から見れば「放漫経営」といっても過言ではない経営状況を続けていた「エアライン Empires of the Sky」アンソニー・サンプソン著 大谷内一夫訳(早川書房 1987年)。
しかし、1970年代に入り世界各国の大手航空会社が、パンアメリカン航空のトリップ会長の肝いりで開発され、その後パンアメリカン航空や日本航空、KLMオランダ航空やユナイテッド航空などが競って導入したボーイング747型機や、マクドネル・ダグラスDC-10型機、ロッキードL1011・トライスター型機などの、これまでの国際線や国内幹線における主流機材であったボーイング707型機やダグラスDC-8型機、コンベア880型機などの倍から3倍程度(100-200席に対して300-450席)の座席数を持つワイドボディの大型機を相次いで就航させたため、これらの大型機の就航がひと段落した早くも1970年代半ばには多くの大手航空会社において座席数の供給過多が深刻化した「エアライン Empires of the Sky」アンソニー・サンプソン著 大谷内一夫訳(早川書房 1987年)上に、矢継ぎ早の大型機の導入による設備投資が経営を圧迫させた。
その上に、1973年10月に中東において発生した第四次中東戦争や、これを受けて同月に起きたオイルショック、さらに1978年末のイラン革命を受けて起こった第二次オイルショックを受けて世界的な長期不況に陥り旅客数が減少し「JALグループ50年の航跡」日本航空広報部デジタルアーカイブ・プロジェクト編 2002年 日本航空、急激に収益が悪化してしまうことになる。その結果、多くの大手航空会社は空席を埋めるために、これまで自らの身を守り続けてきた「IATAカルテル」の範囲を大きく離脱しない範囲で、自主的に割引運賃を導入せざるを得なくなった。
その様な中で、フレデリック・レイカーによる会社設立以降、長年の間アフィニティ・チャーター便を運航していたレイカー航空が、これまでの「企業本位」ともいえる不自然な状況を打破すべく、既存の大手航空会社の割引運賃を大幅に下回る格安な運賃を武器に、「スカイトレイン」のブランド名で1977年にロンドン(ガトウィック)-ニューヨーク(ニューアーク)線などの大西洋横断路線に参入した。
レイカー航空は、瞬く間に格安運賃を求める多くの利用者(その多くは大学生などの若者のバックパッカーを中心とした個人客であった)から支持を受けて、イベリア航空やアリタリア航空、サベナ・ベルギー航空などの、「IATAカルテル」の恩恵を受けて割高な国際航空運賃を維持していた既存の大手航空会社を押しのけ、1981年には大西洋横断路線において6位のシェアを獲得するに至った「エアライン Empires of the Sky」アンソニー・サンプソン著 大谷内一夫訳(早川書房 1987年)。
また対岸のアメリカでも、1978年にジミー・カーター政権によって施行された航空規制緩和(ディレギュレーション。新規航空会社の設立や路線開設が事実上自由化された)の影響を受けて、1981年にドナルド・バーによって設立され、同じく既存の大手航空会社の割引運賃を大幅に上回る格安な運賃を武器に大西洋横断路線やアメリカ国内線に就航したアメリカのピープル・エキスプレス航空や、それに先立つ1971年に設立され、航空規制緩和を受けて急速にその規模を拡大していたエア・フロリダが、格安航空会社のはしりとして脚光を浴びた。
しかしその後間もなく、こうした大西洋横断路線を主軸にしていた格安航空会社は、パンアメリカン航空やトランスワールド航空、ブリティッシュ・エアウェイズなどの大西洋横断路線を主要な収益源の1つとして運航していた既存の大手航空会社やIATAの意を汲んだイギリス、アメリカ両国政府の強い圧力(と妨害)、航空事故などを受け倒産してしまった「エアライン Empires of the Sky」アンソニー・サンプソン著 大谷内一夫訳(早川書房 1987年)p.227。
なお、レイカー航空の倒産は、同じイギリスのリチャード・ブランソンによるヴァージンアトランティック航空設立に大きな影響を与えることとなった「JALグループ50年の航跡」日本航空広報部デジタルアーカイブ・プロジェクト編 2002年 日本航空。
しかしながら、格安な国際航空運賃を求める消費者の声は収まることがなく、このような消費者の声に答えるべく、1980年代に入るとヨーロッパやアメリカ、日本などの多くの先進国においても、キャセイパシフィック航空や大韓航空、シンガポール航空などのIATA非加盟(現在は3社とも加盟している)で、既存の航空会社の割引運賃を大きく超える格安な運賃を売り物(その上、IATA加盟航空会社でないことから、エコノミークラスにおいてアルコール類や映画用イヤホンが無償で提供された)にした航空会社の勢力が増してきた上、それらの多くがカルテル運賃に囚われない団体ツアー向けの航空券などの格安航空券を個人向け市場に流通させたために、国内線、国際線を問わず世界的規模で価格競争が進んだ。
同時期には、「IATAカルテル」が代表する、既存の大手航空会社と政府が結託した結果起きていた航空運賃の高止まりに対する批判の声も高まった上に、IATA加盟、非加盟双方の航空会社間での価格競争が進んだ結果、1980年代半ばにはIATAに加盟している既存の大手航空会社においてもカルテル運賃システムがなし崩し的に崩壊した。これらの状況を受けて、既存の大手航空航空会社もIATA非加盟航空会社のそれと肩を並べる正規割引運賃を相次いで導入したほか、団体ツアー向けの格安航空券を旅行代理店などを通じて個人向け市場に流通させるようになり、航空会社同士の価格競争がさらに進むこととなった。
この様な状況下で、アメリカの航空規制緩和の影響を受けてアメリカ南西部を中心に地道にその勢力を伸ばしてきたサウスウエスト航空や、1992年に合意されたEUの航空市場統合(航空自由化)後に、より安価な航空券を求める市場の声に対応して、ヨーロッパ圏内の中・近距離国際線における格安航空会社としての新たなビジネスモデルを確立したアイルランドのライアンエアーや、インターネット経由の直販というビジネスモデルを前面に押し出してコスト削減と個人旅客の取り込みに成功したイギリスのイージージェットなどの新興格安航空会社が大きな成功を収め、その無駄を省き効率を追求したビジネスモデルが世界各国で高い注目を受けた。
その後、南北アメリカやヨーロッパにおけるオープンスカイ政策の展開や、アジア(特にASEAN諸国内)における同様の政策の展開や各国における所得の向上を受けて、1990年代後半から2000年代初頭にかけて、サウスウエスト航空やライアンエアーのビジネスモデルを受け継いで、アジアやオーストラリア、中南米などでも各国の国内線や近距離国際線を運航する格安航空会社の起業が相次いだ。
その後、格安航空会社の運賃に対応できなくなった既存の大手航空会社の乗客の多くがこれらの格安航空会社に流れたことや、価格競争の激化によって既存の大手航空会社のシェア及び経営状況は急激に悪化し(経営状況の悪化については、2001年9月に発生したアメリカ同時多発テロ後の国際航空旅客の一時的な減少や、2003年3月に開戦したイラク戦争以降の原油価格の高騰も影響している)、2000年代に入るとスイス航空やサベナ航空、ユナイテッド航空やヴァリグ・ブラジル航空などの、かつてのIATAカルテル下では繁栄を謳歌していた既存の大手航空会社が相次いで経営破綻、倒産し、そのうちのいくつかは姿を消すこととなった。
また、この様な流れを受けて、デルタ航空やユナイテッド航空、タイ国際航空やシンガポール航空、スカンジナビア航空やルフトハンザ・ドイツ航空などの既存の大手航空会社が、これらの格安航空会社のビジネスモデルを部分的に取り入れた子会社の格安航空会社を相次いで設立した他、格安チャーター便専門会社による定期運航の格安航空会社への相次ぐ業態変更や、オアシス香港航空のような長距離国際線を格安運賃で運航する格安航空会社や、シルバージェットのような長距離国際線のビジネスクラスを格安運賃で提供する格安航空会社の登場など、航空ビジネスにおいて格安航空会社の存在は重要かつ無視のできないものとなっているだけでなく、航空業界の勢力図を塗り替えるほどの大きな影響を与えている。
しかし2000年代後半に入り、比較的格安航空会社の歴史が古いヨーロッパやアメリカにおいては、格安航空会社同士の客の奪い合いとそれがもたらす価格競争による収益性の悪化、それに追い打ちをかける2008年に入ってからの世界的な燃料の高騰を受けて、経営破綻に陥る格安航空会社が相次ぎ、市場規模に対して増えすぎた上、その成り立ちから経営体力が比較的弱い格安航空会社は本格的な淘汰の段階に入っている。
実際に、アメリカだけでも2008年の上半期だけで、フロンティア航空とATA航空、スカイバス航空、Eos エアラインズ、マックスジェット航空と5社の格安航空会社が経営破綻に追い込まれている「月刊エアライン」2008年5月号、7月号、イカロス社刊他、アジアやヨーロッパ諸国においてもオアシス香港航空やシルバージェットなど、複数の航空会社が経営破綻に追い込まれた「Financial Times」June 2nd 2008。
格安航空会社の歴史は比較的浅いものの、1990年代以降に東南アジアにおいては各国政府による積極的な航空自由化が推し進められている上に、急激な経済成長を背景にした所得の向上に伴い航空機の利用者数が急増しているマレーシアやタイ、インドネシアや、南西アジアの大国であるインドを中心に急成長している。
これらの地域においては、マレーシアのエアアジアやインドのエア・デカン、インドネシアのライオン・エアを代表に、独立系の格安航空会社も多いものの、既存の大手航空会社が格安航空会社の子会社をもつケースも多く、シンガポール航空がタイガー・エアウェイズを、タイ国際航空がノック・エアを、カンタス航空がジェットスター・アジアを設立し、これらを成長著しい東南アジア地域内及び中華人民共和国南部をはじめとした短距離国際線に投入するなど、その対応を強めている。
しかし、この波に対応できなかったマレーシア航空は、マレーシア政府によって赤字続きの国内路線をエアアジアに移管させられた他、インドネシアのガルーダ・インドネシア航空やフィリピンのフィリピン航空などの他の既存の大手航空会社(その多くが国営、もしくは半官半民の国策企業である)も、国内や近距離国際線における競争激化が進む中で慢性的な赤字経営が続くものの、抜本的な経営改革が進まず苦慮している。
その一方、これまで国内における航空会社間の競争が激化していたにもかかわらず、格安航空会社が存在していなかった中華人民共和国では、2004年に行われた航空業規制緩和を機に、初めての民間資本系格安航空会社の春秋航空が発足した他、同じく格安航空会社が存在していなかった大韓民国においても、済州を本拠地とした新興格安航空会社の済州航空が営業を開始した他、フラッグキャリアの大韓航空が格安航空会社であるジンエアーを設立し、その先行きに注目が集まっている。
また、2006年には、ボーイング747で香港-ロンドン間という長距離国際線を運航する格安航空会社であるオアシス香港航空が運航を開始し、その新しいビジネスモデルの成否に注目が集まっていたが、燃料価格の高騰で経営状況が悪化し2008年4月に運航を停止した。他にも、タイのワン・トゥー・ゴー航空やインドネシアのアダム航空が死亡事故を起こした末に運航停止に追い込まれた。(後に、ワン・トゥー・ゴー航空は運航再開)域内の航空自由化が進められてきたEU域内において格安航空会社は既に20%以上、イギリスに関しては50%のシェアを確保していると伝えられ、アイルランドのライアンエアやイギリスのイージージェットは2004年の旅客実績においてブリティッシュ・エアウェイズを上回るなど、格安航空会社の中には従来の大手航空会社とそん色ない経営規模を有するに至っている。また、ライアンエアに至っては同国のフラッグキャリアであるエアリンガスの買収に名乗りを上げるほど成長している。
その一方で、格安航空会社の多くはコスト削減のためにフランクフルト・ハーン空港やロンドン・スタンステッド空港、ロンドン・ルートン空港に代表される不便な空港を使うことが多かったが、最近ではブエリング航空のように大手航空会社と同じ空港を使用するなど、大手航空会社と同様の高い利便性を売り物にしている格安航空会社も出てきており、大手航空会社の顧客を奪取することに成功している。
また、このような動きに対応できなかったアリタリア航空やエールフランス航空、KLMオランダ航空などの国営及び元国営の高コスト体質のフラッグキャリアは、収益性の高い長距離大陸間路線においては未だに大きなシェアを持っているものの、EU域内マーケットにおいては、これらの格安航空会社に客を取られたために軒並み乗客数が減少した上に、昨今の急激な燃料費の高騰を受け経営不振に陥り、他社との経営統合や身売りを余儀なくされている。また、ルフトハンザ航空やスカンジナビア航空、ブリティッシュ・エアウェイズなどの多くの既存の大手航空会社は、格安航空会社の子会社をつくりEU域内路線の一部をこれらに移管することで状況の打破を模索している。
さらに、比較的経済規模が小さく収入が低い東ヨーロッパへのEUの拡大により、今後もEU圏内における格安航空会社のマーケットが拡大することが見込まれているために、ドイツやイタリア、オーストリアなどの既存のEU各国において新たな格安航空会社の設立が相次いでいる。また、格安航空会社による大手航空会社やチャーター便運航専門航空会社の買収や、エア・ベルリンやトムソンフライ航空などの既存のチャーター便運航専門航空会社による定期運航の格安航空会社への業態変更も相次いでいる。
アメリカ国内においてサウスウエスト航空などの格安航空会社はかねてから安定したシェアを確保していたが、2001年9月のアメリカ同時多発テロ以降、大手格安航空会社のサウスウエスト航空やジェットブルーは、ユナイテッド航空やデルタ航空、ノースウェスト航空やアロハ航空などの既存の大手航空会社が破綻、もしくは連邦倒産法第11章を申請し経営再建に勤しむ中でも堅調な経営を続けシェアを伸ばし続けているている他、ヴァージン・アメリカやスカイバス航空などの新規格安航空会社の市場参入が相次いだ。
その様な中で、既存の大手航空会社は株主の厳しい要求の元、連邦倒産法第11章による保護下で、パイロットの人件費を中心にドラスティックなコスト削減を行い、その中でいくつかの大手航空会社は子会社として格安航空会社を持つに至った。併せて、ユナイテッド航空やノースウェスト航空、コンチネンタル航空などの豊富な国際線を持っていた大手航空会社のいくつかは、収益性の高い国際線のさらなる効率化を図ることで活路を見出そうとした。
この結果、人件費については格安航空会社の相対優位性が低下したとの評価もあるものの、格安航空会社に対抗する切り札と、新たなビジネスモデルを模索することを目的として既存の大手航空会社が子会社として設立したシャトル・バイ・ユナイテッドやTed(2社ともにユナイテッド航空の子会社)やソング(デルタ航空の子会社)、コンチネンタルライト(コンチネンタル航空の子会社)などのいくつかの大手航空会社傘下の格安航空会社は成功を収めることなく事業廃止に追い込まれるなど、依然としてアメリカ国内市場における格安航空会社の優位は続いている。
しかしその反面、市場規模を無視して乱立した格安航空会社同士の過当競争とその結果として起きた価格競争による収益悪化、それに追い打ちをかける形で起きた燃料費の高騰により、2008年に入り多くの中小規模の格安航空会社が経営破綻に追い込まれている。
国土が広大で人口が多いために古くより航空業界の動きが活発なブラジルにおいて、2000年代に入り、同国において低・中所得者層の主要な長距離交通手段である長距離寝台バスと比較できるほどの格安価格を武器に国内線に参入した、同国初の格安航空会社であるゴル航空が大きな成功を収めた。
2008年現在、同社はブラジル国内線において最大のシェアを持ち近隣諸国への近距離国際線を運航する他、第二次世界大戦以前より同国のフラッグ・キャリアであったが、長年の乱脈経営とゴル航空などの格安航空会社の躍進により極端な経営不振になり、2006年に破産に追い込まれたヴァリグ・ブラジル航空を買収して傘下に収めるなど、その路線網を拡大しつづけている。
また2000年代に入り、格安航空会社の躍進により、ヴァリグ・ブラジル航空と同じく古くより同国の主要航空会社であったVASP航空やトランス・ブラジル航空なども運航停止に追い込まれた他、ゴル航空の成功に影響され、同じブラジルのTAM航空が国内線において格安航空会社への業態変換を行い同じく成功を収めただけでなく、BRA航空やフレックス航空、エア・パンタナールなどの新興格安航空会社が次々に誕生するなど、長年大手航空会社が牛耳っていた同国内の勢力図は数年のうちに一変することとなった。
また、ブラジルのみならず、メルコスール加盟後経済が安定した隣国のアルゼンチンや、1990年代以降安定した経済成長を続けるチリ、1億人近い人口と成長を続ける経済、そして豊富な観光資源を持つ上に、隣国にアメリカという巨大なマーケットを持つメキシコなどの南アメリカ諸国の多くで新規格安航空会社の参入が相次ぐ他、既存の航空会社の格安航空会社への業態変換も相次いでいる。
オーストラリアのフラッグシップ・キャリアは、もともとは国内クィーンズランドとノーザンテリトリーを結んでいたワンワールドの創立メンバーでもあるカンタス航空で、その後アンセット・オーストラリア航空の参入により2大航空会社化した。しかし隣国のニュージーランドのフラッグシップ・キャリアで、同じスターアライアンスの加盟航空会社であるニュージーランド航空の資金援助もむなしく、2001年にアンセット・オーストラリア航空が破産した。
以降大手航空会社がカンタス航空のみとなっていたところに、イギリスのヴァージン・アトランティック航空が子会社で格安航空会社のヴァージン・ブルーを設立し、ほぼ同時にインパルスという格安航空会社もでき、オーストラリアにも格安航空会社乱立の時代に突入した。カンタス航空は日本線を中心にオーストラリアン航空を就航させ、その後カンタス航空は格安航空会社の子会社でであるジェットスター航空を設立し、その後リゾート客の多い中距離国際線を中心にその路線を拡大するなど、オーストラリアにおいて国内外における急激な航空業界の変化がアンセット・オーストラリア航空の破産に伴い急進した。ちなみに破産したアンセット・オーストラリア航空は一度黒字路線のみ復活したが半年程度しかもたず再度、休止、消滅することとなった。
さらにカンタス航空は2006年を境にオーストラリアン航空の業務停止を行い、すべての業務をカンタス航空にて行うことにし、随時安価なリゾート路線はジェットスター航空へ移行を行っている。日本線ではケアンズ-名古屋、ケアンズ-大阪はそれぞれ2007年8月、9月にカンタスよりジェットスターに変更されているが、2008年に入ってからの急激な燃料高騰を受け、これらの日本路線を含む国際線の大幅な減便を行うなどさらなるリストラを行っている。
路線網や会社の規模、基点としている国によって異なるが、概ね下記のような点を押さえることで生産性の効率化とコスト削減を図り、格安運賃での運航を可能にしている。また、会社や国によって異なるが、運航路線や便数が少なかったり、運航時刻が不安定で遅延が頻発するなどの不便を利用者に強いることもあるが、利用者もある程度それを割り切っていると言われていた。
しかし近年では格安航空会社同士の競争が激化したことを受け、運航路線や便数の増加、運航スケジュールの順守だけでなく、無償飲食の提供や個人用テレビの設置などの機内サービスの充実を行う格安航空会社が増加してきている。
格安航空会社の多くが、アメリカの多くの既存の大手航空会社によくみられるような「ハブ・アンド・スポーク方式(単一、もしくは複数のハブ空港を中心とした路線構成)を採用していない。しかしエア・アジアやライアンエア、サウスウェスト航空などのヨーロッパやアジア、アメリカの大規模かつ多数の路線を運航する格安航空会社は、成長し路線規模が拡張する過程で、緩やかな形でハブ・アンド・スポーク方式を取る形になってきている。
また多くの格安航空会社がボーイング737シリーズやエアバスA320シリーズなどの運航コスト効率に優れる中小型ジェット機で、ヨーロッパやアジアの圏内、アメリカの国内線などの平均して1、2時間、長くて4、5時間の中短距離間のみを運航している。多頻度運航と、機内における無償サービスを省いた(ノーフリル)ビジネスモデルを保つためには、この程度の距離が限界だからだとされていた。
しかし、上記のように、2006年に香港のオアシス香港航空が格安航空会社として初の長距離路線である香港-ロンドン線(その後バンクーバー線にも参入した)に大型ジェット機のボーイング747型機で、アメリカのマックスジェット航空が中型ジェット機のボーイング767型機でニューヨーク-ロンドン線に新規参入し、イギリスのシルバージェットが全席ビジネスクラスのボーイング767型機でロンドン―ドバイ線に就航したことで、「格安航空会社による長距離路線運航」という新たなビジネスモデルの成否に注目が集まった。
だが、その後マックスジェット航空は業績不振を受けて2007年12月に会社更生法の適用を申請し運航停止し、運航開始以降の好調な業績を受けて路線を増やしていたオアシス香港航空やシルバージェットも、2008年に入ってからの急激な燃料価格高騰のあおりを受けて2008年4月と5月に相次いで運航を停止するなど、長距離路線を格安運賃で運航する格安航空会社は苦戦を続けている。
近年は、ヨーロッパやアジア、アメリカのいくつかの格安航空会社において、上記のような、安価な航空運賃を実現するため効率のみを追求したビジネスモデルを導入したために、下記のように運航やサービス上における様々な問題が取りざたされるようになって来ている(会社や路線による)。
1996年に、アメリカの新興格安航空会社バリュージェット航空(現在のエアトランの前身)のダグラスDC-9機が貨物室から出火し、フロリダ州の湿地帯に墜落するバリュージェット航空592便墜落事故が発生。乗員・乗客110名全員が死亡した。
その後、バリュージェット航空側が積荷に対して杜撰な管理をしていたことが判明。格安航空会社の安全性について議論となり、一時的に業界のイメージが失墜したものの、その後のアメリカでは格安航空会社同士の競争の激化や、アメリカ同時多発テロによる余剰航空機の増加などを受け、近年はアメリカのみならず、アジアやヨーロッパ、南アメリカにおいても最新型の機材を導入するとともに整備にも力を入れる会社が増えている。
そうした状況下で2006年9月30日にブラジルで起きたゴル航空1907便の墜落事故は、事故の当事者となった航空会社に皮肉な影響をもたらした事例であると言える。この事故ではゴル航空のボーイング737-800機が、管制ミスによりブラジル北部のパラー州上空で小型機のエンブラエル・レガシー機と空中衝突し、マットグロッソ州境の森林地帯に墜落し乗客乗員154名全員が死亡した。
この事故はボーイング737NG「ネクストジェネレーション」シリーズ(-600、-700、-800、-900) としては初の全損事故であり、墜落した機材は引渡しからわずか18日、飛行時間にして234時間しか経過していない新品であったが、同世代の「最新型」の機材を大量導入したことを宣伝材料として売り上げ拡大をはかっていた矢先のゴル航空にとって痛手となり、この事故の原因が同社になかったにもかかわらず、同社は事故後、宣伝戦略の変更を余儀なくされた。
このようにアジアやヨーロッパ、南北アメリカの航空先進国では、格安航空会社においても最新型の機材の導入や整備の充実が積極的に行われているものの、近年政府の規制緩和を受けて格安航空会社が急増しているインドネシアにおいては、格安航空会社における機齢が30年以上経った老朽機材の運航や規定を満たさない整備、不十分な運航乗務員への訓練の他に、政府当局による空港や管制システムなどの各種運航支援施設の設備の充実が、航空便の急増に追いつかないことなどから航空事故が多発しており、2007年1月から3月までの3ヶ月間だけで3件の全損事故が発生した(なお、そのうち2件は新興格安航空会社のアダム航空によるものであった)。
しかも、日本の国土交通省が派遣した航空事故調査官が調査した結果、過去に発生した77件の航空事故に対して、インドネシア政府当局による事故調査報告が6件しか行われていないなど、当局による事故調査対応もずさんであることから、2007年7月にEUは「安全性に問題がある」として、アダム航空やライオン航空などの同国の格安航空会社のみならず、国営で同国のフラッグ・キャリアでもあるガルーダ・インドネシア航空までを含む全てのインドネシアの航空会社のEU域内乗り入れを禁止したList。また、アメリカ連邦航空局は、インドネシアにおける安全面のスタンダードがICAOの基準に合わないとされることを理由に、アメリカ国民によるインドネシアの航空会社の利用に対して警告を呼びかけている。
なお、このように格安航空会社の経営上の問題みならず、政府当局による空港施設や管制システムなどの各種運航支援施設をはじめとする航空インフラストラクチャーの整備が航空便の急増に対応できず航空事故が多発している、もしくはその様になる危険性が高い状況は、インドネシアなどの一部の東南アジア諸国のみならず、ロシアをはじめとする旧独立国家共同体(CIS)諸国やアフリカ諸国、中華人民共和国などの発展途上国においても同様であると指摘されている。
また、これらの発展途上国の政府自体が、航空会社による国際航空運送における責任や損害賠償の範囲等について定めた「ワルソー条約」による賠償限度額が極端に低いことなどから、これらの問題点を解決するべく、新たに1999年に採決された「モントリオール条約」「モントリオール条約の発効について」国土交通省航空局を締結していないケースも多い上に、それらの国の航空会社(格安航空会社に限らない)の多くが、加盟航空会社に死亡または傷害の際の賠償限度額を自社の運送約款に入れることを規定しているIATAに加盟していないケースも多い。
その結果、これらの発展途上国の航空会社の事故による死亡または傷害の際の補償金額が、日本やイギリス、フランスなどの先進国に比べて極端に低くなることから、事故後に乗客や遺族の間で深刻な問題となることが多い。
日本においては、1990年代後半の航空規制緩和を受けて、スカイマークエアラインズ(現スカイマーク)や北海道国際航空、スカイネットアジア航空などの「格安運賃」を提供することを目指した新興航空会社や、JALエクスプレスなどの大手航空会社の子会社「JALグループ50年の航跡」日本航空広報部デジタルアーカイブ・プロジェクト編 2002年 日本航空が、欧米の格安航空会社をモデルに1990年代後半から2000年代にかけて相次いで起業した。しかし、大手航空会社に比べて基本運賃においては比較的安価な運賃を提供するものの、下記の要因などから「格安航空会社」と呼べる様な運賃設定が出来ていない。また、経営戦略及びマーケティングの失敗により苦戦している。
なお、これらの日本の新興航空会社の多くは、実際に「格安」と言えない料金であることや、「格安」という言葉がもたらすイメージの悪さを考慮してか自ら「格安航空会社」とは呼んでおらず、利用客やマスコミさえもそのように呼ぶことは少ない。
なお、近年新たに開港した関西圏における神戸空港や福岡における佐賀空港のような、第2次空港(Secondary Airport)があっても、「国土交通省により、”国際定期便”の就航が事実上不可能」大阪国際空港及び神戸空港における国際線の取扱いについて:国土交通省航空局(神戸空港)、など、があり、更に、「新興航空会社による乗り入れ行われていない」佐賀空港のフライトスケジュール(公式サイトより)(佐賀空港)という現状がある。
さらに、EU内における近距離国際線への参入が容易なヨーロッパや、同じく近距離国際線への参入が容易なASEAN諸国と違い、近隣諸国との航空協定の改定が必要(2国間の航空協定が改善されることになった韓国やタイとの間の地方発着路線を除く)であり、近距離国際線への参入が容易ではない状況である上、高収益が期待される羽田空港発の定期国際線の設定が認められていないことや成田空港の発着枠の確保が事実上不可能な状況であること、機材の余裕が事実上ないことから、近距離国際線への参入という新たな収益源を求めることも難しい。
現在、多くの新興航空会社は大手航空会社に比べて基本運賃においては比較的安価な運賃を提供するものの、上記のような規制も影響し、日本航空や全日本空輸などの既存の大手航空会社が新興航空会社対策のために設定した各種割引運賃との激しい価格競争の中で、アジア諸国やヨーロッパ、南北アメリカの格安航空会社が提供している様な、既存の大手航空会社に比べ見劣るサービス(機内サービスだけでなくマイレージサービス、便数の多さや路線網を含めた総合的なもの)を補うことができるだけの運賃設定ができていない。
また、上記のように基本料金こそ大手航空会社に比べて比較的安価であるものの、割引運賃同士で比べると、大手航空会社が新興航空会社対策のために設定した各種割引運賃とあまり変わらないというケースも見られる。
国土が広大で、かつ高速鉄道などの競合交通網が発達していないアメリカやブラジル、オーストラリアなどと違い、国土が比較的狭く、地方都市間においても新幹線をはじめとする鉄道路線網が完備されている日本においては、駅が都市中央に位置し、利便性に勝る鉄道や都心部に停留所を設定している高速バスとの競争も視野に入れなければならない。
しかしながら、騒音問題や政治家と国土交通省、地元有権者及び土建業者、漁民などとの癒着「巨大利権『空港建設』」杉浦一機&別冊宝島編集部著(宝島社新書 2000年刊 ISBN-13:978-4796618953)p.129の結果、中部国際空港や広島空港、関西国際空港や北九州空港など、地方都市に新しく建設された空港でも、市街中心地から離れた場所や以前使用されていた空港より遠方に位置するケースが多いため、乗客より利便性に劣るという評価を受けるケースも多い。
また、中長距離鉄道(青春18きっぷの利用を含む。)だけでなく、高速バス・ツアーバスや長距離フェリーも一般に航空機より運賃が割安であるため、新興航空会社の運賃が「格安」でない現在においては、価格志向の乗客がこれらの交通機関に流れてしまう傾向もある。
新興航空会社の設立時においては、航空機の購入やリースなどの初期投資に莫大な資金が必要特にエアバスやボーイングなどの西側機材における(新品での)購入や(新品での)リースなど。一例としてレキオス航空を参照。なために、運航開始時に必要最低限の機材しか確保・保有できないために運航できる便数が限られ、日帰り利用の際の使える時間帯の制約が大きいなど、利便性が大手より見劣りするケースが多い。その上、自前の整備施設を構える余裕がないことから、機材の整備などの際には欠航せざるを得ないことなどもビジネス旅客が伸び悩む原因となっている。
大手航空会社と違い、航空連合(アライアンス)内のマイレージサービスなども用意されていない(自社独自の「ポイントサービス」を持つところはある)ことや便数の少なさ、広範囲を網羅する路線網が整備されていないこと、さらに、法人営業網の未熟さや法人向けサービスの少なさなどが、大手企業をはじめとした法人契約を結び多数の顧客を送り込む大口顧客を代表としたビジネス旅客を遠ざける要因の一つとなっている。
また、スカイマークのように、経費を下げるために大手航空会社では提供される飲み物のサービスが削減されたり、座席幅の縮小が図られていることから、依然として「飛行機の旅」に対して過大なサービスの提供に期待をかける旅客が多い日本において集客にマイナスとなっている。
一方でスターフライヤーのように、深夜、早朝を含む利便性の比較的高いスケジュールで運航する他、機内設備を充実させるなど部分的に大手を上回るサービスを提供することを標榜する新規航空会社もあるが、総合的なサービス(部分的な機内サービスや単一路線の便数の多さだけでなく、広範囲を網羅する路線網の充実やマイレージサービス、営業網や他業種とのアライアンスを含めた総合的なもの)が大手航空会社に比べて劣ることから集客面で苦戦を続けている。そのため同社やスカイネットアジア航空、北海道国際航空が既存の大手航空会社である全日空とのコードシェアを行うことにより、事実上座席営業の半分を全日空に委ねることで集客を行うという状況となっている。
北海道国際航空とスカイネットアジア航空は運航開始からわずか数年で経営不振に陥り、前者は民事再生法を申請、後者は産業再生機構の経営支援を受ける形で経営再建中である。また、北九州空港の開港に伴い鳴り物入りで就航を開始したスターフライヤーも、当初の売りの一つであった羽田発早朝便・北九州発最終便の1往復を搭乗率低迷から運休したほか、低迷する搭乗率の向上を狙って全日空とのコードシェアを始めたなど、日本における新興航空会社の試行錯誤は続いている。最古参のスカイマークも羽田-鹿児島線や羽田-徳島線、伊丹-千歳線など次々と新路線を開設するも、採算が取れず短期間での撤退(特に鹿児島線の就航にあたっては、地元経済界から数億円の出資を受けたこともあり撤退時の批判は大きかった)を続けた挙句、現在は新規開港した神戸空港を関西エリアのハブ空港とすべく乗り入れを行い経営改善に取り組んでいる。
そのような中、北海道国際航空とスカイネットアジア航空は全日空と全路線で共同運航を行い、スターフライヤーも全日空と業務提携している。この様な全日空の動きに対しては、「支援と言う名の単なる格安航空会社の囲い込み」、「支援の一環として共同運航をすることを通じて自社便を増やすためのもの」との批判が多い(なお、早くから格安航空会社の子会社を設立した日本航空と違い、格安航空会社の子会社を持たない全日空は、2009年に予定されている羽田空港の再拡張による国際線の増加を前にして、アジア路線向けの格安航空会社の設立を検討している)。
また経営面では、運航開始までに航空機や支援設備の調達、人員の訓練などに多額の資金が必要であるにもかかわらず、上記の理由で当面は赤字を覚悟せざるを得ず、高リスクかつ経営が不安定であるために、これらの新興航空会社の設立当初は資金調達が困難である。
その上、経営陣が航空会社の経営に携わったことのないものばかりで構成されていることも多く、沖縄県を拠点に設立されたレキオス航空のように、甘い資金調達計画がたたり運航前に資金調達のめどが立たずに倒産した企業や、壱岐国際航空やエアトランセのように運航開始したものの、無理な経営計画がたたりすぐに運営資金が枯渇し現在運休(エアトランセは不定期運航へ業態変更)している企業もある。